みなさーん、こんにちはーーーーー(●´σ皿`)コンニチ歯ッ
まったくご利益(りやく)のない神頼みしかできない、神社検定弐級を持っている寅です(/ω\)
いやーーーー、前回、ニニギノミコトの上陸地の話を書こうと思ったら、超脱線しまくりんこで、アヌンナキのエンキとエンリルの話書いてしまい、もーーーー、だからお前は神社検定弐級どまりなんだと、読んでくれた皆さん、思いましたよね(爆笑)゚・。・(ノ皿`)σ・。・゚イーッヒッヒッヒッヒッヒ
いや、そもそもこんなご利益ないブログ、誰も読まない???(爆笑)゚・。・(ノ皿`)σ・。・゚イーッヒッヒッヒッヒッヒ
ただ、こんなにもご利益がないブログなのに、マニアがいるのです・・・マフィアがいるのです・・・・そう、ゴッドファーザー的な読者がいるのです・・・・(;´Д`A “`(;´Д`A “`(;´Д`A “`(;´Д`A “`
前にも書きましたが伊勢神宮の外宮に祀られている豊受大御神の正体はもしや?(外宮の神様、豊受大御神の本当の正体・・・ギャァー!∑(;゚Д゚ノ)ノ | タイガーしゅ(=^・ω・^=) (tiger-tiger.tokyo))なことを書いたブログが・・・なぜか結構読まれている・・・・( ;゚д゚)ェ……………….∑(゚Д゚; ) えっ
一体、このブログを読んでいるゴッドファーザー達は何を企んでいるんだ・・・とブログのアクセスデーターを見るといつも冷や汗をかくのです、みんな、神社検定弐級しか持っていない奴の戯言をもしや信じているのではないかと・・・・(;´Д`A “`(;´Д`A “`(;´Д`A “`
うーーーーん(´-ω-`)
ま、いいや、脳みその中にいろんなインスピレーションが湧いてきて、脳内にとどめておくのもストレスなので、とっとと書いて忘れよう、とっとと書いて、サウナでもいってアカスリ(禊=身削ぎ=アカスリ)でもしてもらってスッキリしよう オーホッホッホッ!(´∀ノ`*)
ということで、改めてニニギノミコトについて考えていきたいと思います(=゚ω゚)ノ
ニニギノミコトといえば、伊勢神宮に祀られている天照大御神のお孫さんで、天照大御神の命で、葦原の中つ国を治めるように言われ、高天原から降り立ってくる神様で、それが天孫降臨と言われていますが(。-∀-)
メジャーな説では、霧島神宮(霧島神宮 – 南九州最大の神宮「霧島神宮」の公式サイトです。 (kirishimajingu.or.jp))が天孫降臨の地であるや、高千穂町が天孫降臨の地であるといった説(高千穂町と日本神話 (komisen.net))が基本なので、神社検定弐級の寅もそう思っていたのです(。-∀-)
沖縄転勤時代の最後の最後で、久高島に行かざるおえないように仕向けられた寅は、その後、沖縄という島を含めた上で日本神話を考えるということをし始めて、柳田国男さんの「海上の道」を読んで、ヤシの実が海流に乗って遠く南の島から流れついてきた、それと同じように人も海流に乗ってこの日本列島にやってきたのではないか的なマーベラスな考え方に感動したり( *´艸`)
そして、沖縄につたわるくり船、サバニについて調べまくったり(´-ω-`)
Hentona Sabani ヘントナサバニ|公式サイト Official Website
そして、たしか以前にも書きましたが、吉野裕子さん「扇」に書かれた、天皇家の祭祀には南方諸島でしかとることができないクバの葉がよく用いられ、南方諸島の影響を色濃く残していると思われるというお考えに、そーだよねーーーと思ったり((((oノ´3`)ノ
そして、そもそも天皇家はもともと沖縄にいたんじゃないか説が頭から離れなくなったのは、寅が絶対行きたくないと思っていた久高島に行かざる負えない状況に追い込まれて・・・(;´Д`A “`(;´Д`A “`(;´Д`A “`
(そのあたりのエピソードは、えっ・・・・お母さんのお腹の中にいた時の記憶があるって・・・∑(゚艸゚)、そんなバナナε=(`・ω・´)プンスカプン!! | タイガーしゅ(=^・ω・^=) (tiger-tiger.tokyo)、このブログから続くおまけに何回か沖縄ストーリーで書いてますので、もしよければ(/ω\))
久高島について調べ始めた際に、ちょうど連載がスタートした、寅を神話の世界にがっつりと引き込んでくれた、Utoutoさんが書く「追跡アマミキヨ」に、古代沖縄に天孫氏王朝と呼ばれる王家があったとの伝承が残っていると・・・(`・д´・; )ゴクリ
天孫氏王朝17802年 : 追跡アマミキヨ (exblog.jp)
天孫といえば、天孫降臨のニニギノミコト・・・・(`・д´・; )ゴクリ
同じ天孫を名乗る王朝が沖縄に存在していたという伝承・・・・(`・д´・; )ゴクリ
霧島連山であれ、高千穂であれ、ニニギノミコトがいたのは、南九州でほぼ間違いないのは歴史家も同意すると思うので、柳田国男さんの「海上の道」に想いを馳せながら、吉野裕子さんの「扇」に感銘を受けながら、Utoutoさんが「追跡アマミキヨ」に書いてくれた天孫氏王朝が沖縄にあったという伝承にビビりながら、沖縄のサバニを調べて、ぼーーーーーーーっとGoogleマップを見ていたのです、確かあれは2015年の春ぐらいに(。-∀-)
・・・・・(´-ω-`)
・・・・・(´-ω-`)
・・・・・(´-ω-`)
ビビりました オロオロo(;д;o≡o;д;)oオロオロ ドーシヨ<(゚Д゚; )><( ;゚Д゚)>ドーシヨ
凍りつきました カタカタカタ(((;゚;Д;゚;)))カタカタカタ ガタガタ(((゚Д゚)))ガタガタ
今、Googleマップで見ると黒瀬海岸(神渡海岸)とありますが、確か2015年に見た時は、思いっきり「ニニギノミコトの上陸地」と記載されていて、「つ、つ、つ、繋がてしまった・・・沖縄と南九州が繋がってしまった・・・」とあまりの衝撃に右往左往したもんですヒー!∑(゚Д゚;≡;゚Д゚) ヒー!
誰だ、天皇家は朝鮮からやってきたとか風説の流布を流しまくっているのは・・・まともに考えたら、沖縄じゃねーーーかーーーと思ったもんです・・・その当時(;´Д`A “`(;´Д`A “`(;´Д`A “`
ちなみにGoogleマップ上で神渡海岸という名前に変えたのは、ニニギノミコトの上陸地という名前があまりにダイレクトで刺激的すぎるからですかね???Σ(・ω・ノ)ノ!


そう、そして、沖縄と南九州が、天孫氏王朝と天孫降臨が繋がってしまったと思いつつも、寅はとりあえずその発想をシカトしていたのです、見てみないふりをしていたのです(/ω\)(/ω\)(/ω\)
俺には関係ない、雇われの身の一介のサラリーマンには関係ないことだと、この気づきはシカトして封印しようとしたのです、完全に見なかったことにしようと(/ω\)(/ω\)(/ω\)
そしたら、また久高島に行かざる負えない状況に追い込まれたのと同じことが起きてしまい・・・ヨョヨョヨョヨョ。+゚(ノД`)゚+。ヨョヨョヨョヨョ
ニニギノミコトの上陸地があるのは鹿児島県の野間半島なのですが、テレビつけては「野間」という苗字の人が出ていたり、電車に乗っていたら知らない誰かが同僚の「野間」さんの噂話しているのが聞こえたり、寅の目に見えるもの、耳に聞こえるもの、もーーーー「野間」、「野間」、「野間」ばかり・・・ゥヮ──。゚(PД`q*)゚。──ン
それでもシカトしていたのですが、そんな中、仕事で香港に出張に行った際に、「ああ、もう野間岬行くしかないわ」と思わされる出来事が・・・チ───(´-ω-`)───ン
もう何年も前に会社を辞めた「野間」君という後輩と香港の道端でばったり会ってしまったのです、同僚とランチを食べてオフィスに戻る道すがら・・・チ───(´-ω-`)───ン
聞くとその「野間」君も出張でちょうど香港に来ていたとか・・・チ───(´-ω-`)───ン
もう何年も東京ですら会ってない「野間」君に、このタイミングで、まさかの香港のストリートで偶然会うか????・・・チ───(´-ω-`)───ン
明らかに久高島に行けと追い詰められた時と同じで、野間半島のニニギノミコトの上陸地に行ってこいと見えない世界から言われているので、もーーー観念して、香港出張から東京戻ってすぐに鹿児島空港行きの飛行機のチケットを取って、行くことにしましたよ、野間半島・・・トホホ( ;´д`)=3
ということで、次回は野間半島に行ったお話でも書きたいと思います、この全くご利益ないブログを読んでいる、ゴッドファーザーに捧げるために(笑)゚・。・(ノ皿`)σ・。・゚イーッヒッヒッヒッヒッヒ