みなさーーーん、こんにちはぁーーーー(*b´Д`)b チワ───ッス!!
あなたの心の強風注意報、イビキスト(いびき&寝言のプロフェッショナル)の寅です(/ω\)
いやーーーー、今朝の東京は、風が強いのなんの、子供を保育園に連れて行く途中、同じく登園途中であろう子供を乗せたお母さんの自転車が脇をとおったのですが、風が強すぎて押し戻されてて・・・・この地球地上世界特有の「進みたいのに、進めない」、「できない」、「やれない」という現象を眼にして、今日も地球はガンガンまわっているぜ!!!と思った1日のスタートでした(´∀`*)ウフフ
ということで、前回は「今」、「この瞬間」がどれほどにラッキーチャンスなのかを考えてみましたが、本題に戻って「なぜ見えない世界が大切なのか?」という続きを考えていきたいと思います(=゚ω゚)ノ
ここまで、我々の視覚神経を通して脳内映画館で上映されている波動領域=周波数=ヴァイブレーションは物質次元のみで、それ以上高い周波数は顔面に埋め込まれている二つの肉眼ではとらえられないらしいという事実に向き合ってきましたヾ(-ω-; )ォィォィ
我々が意識しないでも心臓が動き、呼吸をし、肉体を維持できているのは、どうやら物質次元の波動より一段高いエーテル体という周波数帯域にいる自分が潜在意識=無意識の領域で生命活動を支えてくれているらしいということも知ってしまいましたヾ(-ω-; )ォィォィ

じゃあ、エーテル体よりもさらに高い周波数帯域である「アストラル体」では一体何がおきているのか(もちろん肉眼では見えない世界です)を葦原瑞穂大師の「黎明」をベースに、複数回に分けて考えていきたいと思いますヾ(-ω-; )ォィォィ
まず寅がいろんな書物を読んで非常識に理解している仕組みは、「アストラル体」以上の周波数帯域は、「地上」の反対である「宇宙」であり、「この世」の反対である「あの世」であり、「肉体」「物質」の反対である「精神」世界であるということですヾ(-ω-; )ォィォィ
では、「黎明」の「第9章 アストラル・レヴェル」からありがたい言葉の数々を引用させて頂きたいと思いますが、葦原瑞穂大師もこの章の始めに前提をお話されているので、そこからいきたいと思います(=゚ω゚)ノ
本書の始めの方でも述べましたように、現象の生じている表現世界は、あらゆる波動領域が混然一体として存在しているのであって、それぞれの個的意識(ひとりの人間、もしくはより大きな集合意識)が自分の持っている波動の部分を、その人(意識体)にとっての世界として現象化しているだけですので、精神階層が幾つかの領域に区別されていたり、ひとつの世界と別の世界との間に境界のようなものがあるわけではありません。
しかしながら、これらの全体について解説する時には、地上の言葉や概念では、幾つかの特定の性質を有する波動領域に分けて、そのひとつひとつについて説明していくという方法を採らざるを得ません。またこれから説明を行う波動領域のうち、比較的ヴァイブレーションの低いある範囲で起きている現象は、後述する地球の表現領域の変化に際して消滅し、過去の出来事を理解する上での参考程度のものにしか過ぎなくなりますから、こうした事情を理解して頂いたうえで、順を追って観ていくことにしたいと思います。
ということで、波動領域は明確な線引きがあるわけではなく、本来は混ぜ混ぜされているのだけれども、それだと説明しきれないので、一応分けて考えてみますということですね(=゚ω゚)ノ
そして、以前、この非常識ブログでも考えてみましたが、アストラル体の最下層の周波数帯域は幽界と冥界なので、その周波数帯域は絶賛浄化中で、今後消滅するので、参考程度の知識で持っておけばいいということですね(-ω-)/
では、更に引用させていただきます<(_ _)>
本書の初めの方で説明してきましたように、視覚というひとつの感覚を採ってみても、物質的ヴァイブレーションでは物質原子によって構成された肉体の眼という、共通の波動領域(可視光線)に感応する知覚器官を用いていますから、何らかの知覚障害があるのでない限りは、ほとんどの人が大体同じように外の世界の存在物を見ています。ところがアストラル・レヴェルでは、その人の意識の状態に正確に対応している、表現媒体(アストラル体)の持つ波動スペクトルがひとりひとり異なり、結果としてアストラル・レヴェルに表現されている波動と、参照する意識の波動によって現象化されるその人にとっての外界も、ひとりひとり異なったものになります。
こうした出来事が起こるのは、精神階層においても、本人が知覚している外の世界の様相は、その人が意識を合わせた外界の特定の範囲の波動スペクトルが、当人のアストラル体に引き起こす波動に因って、そこにあるように感じられているだけなのであって、その人の見ている姿形そのものが外界に存在しているわけではないという事情に因っています。しかもアストラル体を通して、意識を受け身ではなく能動的にはたらかせた場合には、外の世界に対して波動を引き起こすために、この波動がその心の動きそのままの外界を造り出し、同じ波動を持っている他の人にもそれが見えるといった現象が起こります。
このようにアストラル・レヴェルにおいては、物質レヴェルに比較して想念が外界に反応する速さが格段に早いので、自分の思ったことが直(すぐ)に現象化してしまうという出来事が日常的に起こっているのです。このアストラル・レヴェルにおける現象化能力は、物質レヴェルで同じことを行うとき程には高度なものを要求されるわけではないのですが、それなりの集中力と明確なイメージを創り出すことが必要なので、その魂の表現の意識の発達程度や霊的法則への理解力、訓練の程度やその人の向き不向き等によって、自分の環境を自由自在にコントロールできる人もいれば、その人の固定観念によって環境を造り出しているだけの人もおり、自分の姿形にすらはっきりしたイメージを持てないために、アストラル体が陽炎(かげろう)のように揺れて動いている人さえいます。このようなまだ自分の環境を現象化する能力を行使することのできない人の場合には、指導霊が本人の学びに相応しい環境を創り出すこともあります。
我々は地球で地上生活を送る上で、物質ヴァイブレーションを肉体の眼でみることによって、無限に近いほどあるヴァイブレーションの中の共通する波動領域をみているために、「私」と「あなた」という別々の人が、同じものを見ているという体験をしているけれど、アストラル体以上になると、そこにある現象は同じ波動領域に属している人達同志でしか見えないということらしい・・・(*`Д´)っ))ナンデヤネンッ!!
つまり、地上世界ではお釈迦様のような波動を極めまくった人と、戦うのが大好きで戦争しまくっている波動レヴェルでいうと非常に重たい人が、肉眼を通して、同じひとつのリンゴをみることができるけれど、アストラル体以上だと同じ波動領域にいる人達同志しか同じものが見えないので、アストラル体でお釈迦様が観ているリンゴは同じ波動領域にいるイエスキリスト様には見えているけれど、戦争大好きな波動レヴェルが重たい人にはそのリンゴが見えないってことらしい・・・(*`Д´)っ))ナンデヤネンッ!!
そしてアストラル体以上は、想ったことがすぐに現象化するので、「できない」、「やれない」ということが起きえない・・・・ウソ━━━∑(-`Д´-;)━━━ン!!
そう、寅が勝手にシリウス王子と呼んでいる、あのナミナミ(並木良和さん)もいろんな本で書かれていますが(参考に1冊だけ貼っておきます)・・・ァセァセ…(;´-∀-`)ゞ
アストラル体以上の周波数帯域にいると(宇宙にいると)、想ったことはすぐに叶ってしまう世界なので(まさに本のタイトルの「みんな誰もが神様だった」ですね(笑)( *´艸`))、我々はなんでも叶ってしまう世界に飽き飽きしてしまって、地球に満ち満ちている「やれない」、「できない」という体験をしたくてわざわざ地球に生まれてきているようなのです!!!!!ギクッ!!∑(`艸´;)
地球はアストラル体以上の存在(我々の魂)からするとなんでもできてしまう、叶ってしまう世界では体験できない、「できない」ことへの憧れを叶えてくれるアトラクションとナミナミは言っていますぅーーーーーウソ━━━∑(-`Д´-;)━━━ン!!
寅が今読んでいるこちらの本でも同様のことが・・・ドキ───∑(゚Д゚; )───ン!!
あの宇宙とつながりまくったエドガー・ケイシーを研究する光田秀さんとヘミシンク(最近寅も隙間時間にCD聞いてますが・・・瞑想が下手くそすぎていつも寝てしまうので、ヘミシンクをやれとふざけた魂が言っているので(;´Д`A “`)を発明したロバート・モンローを研究する坂本政道さんが対談した本ですが、こんな記述があります(ノД`)・゜・。引用させていただきます<(_ _)>
モンロー研究所とヘミシンク | Aquavision Academy アクアヴィジョン・アカデミー (aqu-aca.com)
・モンローの話では、魂が地球にやってくるのは、人間を体験したいから
・そもそも地球にやってくる理由は、地球が有名なテーマパークだから。すごく面白い体験ができるから
・スターラインズの中で一番おかしかったのは、ある人がある生命系に行ったら、そこの人はみんなハッピー、幸せいっぱいなんです。ちょっと不幸な人がいると、みんなにうらやましがられる。「お前、どうやったらそんなに不幸になれるんだ!」と
・あまりにハッピー過ぎると発展がない。そこから上に上がるための学びがない。でも、地球に行くと不幸な体験ができる、学びがある。その噂を聞きつけて、わざわざ束縛や制限を受けて、不幸を体験しに来るわけです
はい、ということで我々は地球に不幸を体験したくてやってきたっぽいです・・・すっかり忘れてますけど・・・ウソ━━━∑(-`Д´-;)━━━ン!!
だから最近、寅は不幸な人の話を聞いたりすると、この地球で順調に不幸を体験できて良かったねーーーと思うようにしてます(爆笑) ナンデヤネンッ!!( `д´⊂彡☆))Д´)・∵.(ノ∀`)σええ加減にせぃw
だって、不幸な人って、なんか不幸な話を自慢げに話している節がありません(爆笑)(=゚ω゚)ノ
お年寄りが自分の病気歴を自慢げに語っているのみると、もはや武勇伝を語っているようにしか思えない気がする時も(爆笑)(/ω\)
ただ、この地球というテーマパークの恐ろしいところは、初めは不幸を体験したくてやってきたのに、不幸になりすぎて、意識の隅々まで「できない」、「やれない」という固定観念に囚われてしまい、死んだ後にアストラル体としての生活をフルタイムで始めた後にも、その「できない」、「やれない」という想念を使ってしまい、それがすぐに現象化されて、永遠に「できない」、「やれない」の無間地獄に落ちてしまうところなのですガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル
再び「黎明」から引用させて頂きます<(_ _)>
例えば地上で誰かに会おうとする時には、空間的な距離を移動することが必要ですから、歩いたり、車に乗ったり、列車や船、飛行機等の交通機関を利用したりしなければなりませんが、精神階層の本来の状態では空間は存在していませんから、その人に会おうと思った瞬間に相手と対面することができます。この過程はその人の想念が現象化することに因って行われるために、本人の心の中に何らかの地上的制約が固定観念としてあると、現象はその制約をそのまま表現することになります。
はい、ということで本来のアストラル体の我々は何でもできるので、ドラゴンボールで言う「瞬間移動」=テレポーテーションが死後の世界「あの世」ではできてしかるべきなのですが、地上世界の固定観念を引きづったまま死んでしまうと、わざわざ「あの世」でも誰かに会うのに新幹線で移動しないと会えないという想念が現象化してしまい、新幹線に乗ることになってしまうのです|ョ゚Д゚;))怖ァ…
ちなみに寅は去年頃から「テレポーテーション」のやり方を知ってる気がして(ド忘れしてますが)、ついこないだの三連休の夢の中で、最近なんかやりたいこと多すぎて移動時間が勿体ないから「テレポーテーション」ってどうやんだっけ???と一人夢の中で、やり方を思い出そうとしている自分がいました(爆笑)ヾ(-ω-; )ォィォィ
脇道それましたが、続きの引用です、固定観念恐るべし<(_ _)>
例えば誰かに会う時にその人と会おうという意志をはたらかせるだけでよいことを理解していない人の場合は、途中の道のり、つまり駅まで歩いたり、電車に乗ったり、タクシーを拾ったりというように、地上と全く同じ状況を現象化することになります。このような精神的自縛(じばく)現象は地上的障壁(しょうへき)とも呼ばれており、地上での人生を終えてアストラル・レヴェルで生活を始めたばかりの人達に多く見られるもので、本人にとっては学ぶべき課題なのですが、気が付かない人達はいつまでも地上と同じ生活を続けて、そのまま次の転生に入ってしまう場合もあります。
ということは、満員電車に乗って週に5回働くのが当たり前と思っている人は、死んだ後もサラリーマンとして満員電車に乗って週5働いているってことかぁーーーーー、いやだーーーーー、死んだ後まで働きたくないーーーーーーーー(;´Д`A “`(;´Д`A “`(;´Д`A “`(;´Д`A “`
引用続けます<(_ _)>
例えば人間のアストラル体はアストラル・レヴェルの壁を自由に擦り抜けることが可能ですが、壁が固いものだという固定観念を持っている人の場合には、その人の想念が現象に反映されるので、擦り抜けた人の真似をしようと思っても、壁にぶつかってしまいます。また物質に比べると重力の影響をほとんど受けないアストラル体は、飛ぼうという意志さえ働かせれば、空中を自由に飛び回ることが可能ですが、これもまた本人に飛べるという確信が持てるまでは、地面から長く離れることはできません。この他、本来は液体のような性質を持っているアストラル体は、壊れたり傷を受けたりすることはないのですが、地上時代の固定観念から自由に成っていない人の場合には、自分の想念でアストラル体に病気や怪我を造り出すこともあります。
はい、これです・・・(;´Д`A “`
寅は目覚めると決めた2021年の冬至以降、住んでるマンションのベランダから見える光景が恐怖だった時期があります・・・(;´Д`A “`
なぜか・・・・(;´Д`A “`
寅のふざけた魂が、「お前、アストラル体では空を飛んでたよ」というアホなことをいって、アホな魂の言うこと信じて、「俺は飛べるーーーー」とか言って、ベランダからダイブして死んでしまわないようにとにかく、この授かった肉体を守るために、ベランダを見ないようにしていた時期がありました(苦笑)(ノД`)・゜・。
引用続けます<(_ _)>
老人性痴呆(認知症)等は、意識そのものがボケてしまっているのではなく、肉体の脳や神経の機能に障害があったり、肉体の脳と高次媒体の意識表現との連鎖関係が上手くはたらかないために、外界に対する表現が妨げられていたものですから、アストラル体が肉体から離れれば正常に戻りますし、肉体に様々な障害をもっていた人のような場合でも幽体(アストラル体および後述する低次メンタル体)では自由自在に動けるというのが原則です。けれども本人が、地上生活中に染みついてしまった「不自由な身体」という固定観念から解放されるまでの期間や、地上生活中にその不自由な身体を通して学ぶべきだった課題をきちんと果たすことができなかった場合等は、その人の潜在意識が造り出しているエネルギーや、その人の魂や指導霊が地上時代の障害をアストラル体に現象化して、不自由な身体での生活を、そのままアストラル・レヴェルにまで持ち込むことがあります。
恐ろしい・・・テーマーパーク「地球」・・・・|ョ゚Д゚;))怖ァ…
「できない」、「やれない」を経験したくて地球にやってきたのに、その意識から脱却できないと、死んだ後も「できない」、「やれない」を現象化し続けて苦しみつづけるなんて、もーーー老後の資産が2000万円ないと不安とか心配してる場合じゃない!老後に2000万円必要と思って死んだら、その固定観念のせいで、あの世でも2000万円ないと不安という状況が現象化されてしまうーーーーーギャァー!∑(;゚Д゚ノ)ノ
死後の世界で苦しまないために、意識を変えて「なんでもできる」と思い込まなきゃ、死んだ後に大変だぁーーーーーーアタフタ((o(=ω=`; )( ;´=ω=)o))アタフタ
うわぁーーーーーーーーーーアタフタ((o(=ω=`; )( ;´=ω=)o))アタフタ
というところで、今回は終わりたいと思います。次回以降も引き続きアストラル体では何が起きているかを考えていきたいと思います(-ω-)/
このブログは寅のいびきです。「俺には不可能なことなど何一つない」とほろ酔いで眠った後に口からこぼれてしまう寝言みたいなもんです。共感するもしないもみなさんの自由意志です(/ω\)話半分で読んでくださいねぇーーーーー(=゚ω゚)ノでも、おもしろいと思ったら、週五日働くのが当たり前でサービス残業、休日出社もいとわない勤勉サラリーマンのあの人に、死ぬ直前までにその考え方変えたほうがいいですよーーー、じゃないと死んだ後も週5日以上働くことになりますよーと教えてあげてください(笑)( *´艸`)