RPGで敵に出会うと、コマンド画面が開きます。

▶ たたかう
 じゅもん
 どうぐ
 ぼうぎょ
 にげる

子どものころの僕なら、たぶん迷わず、

「たたかう」

を選んでいたと思います。

そして振り返ってみると、現実の人生でも、僕はずいぶん「たたかう」を選んできました。

でも最近、ふと思うんです。

人生というRPGの目的って、出会った敵を全部倒すことだったっけ?


僕は、けっこう戦う会社員だった

僕は長い間、外資系の金融会社で働いていました。

会社員時代の僕は、

「これは正しい」

と思ったことがあれば、相手が誰であっても言うタイプでした。

相手が外国人の上司でも。

かなり上の役職の人でも。

必要だと思えば、自分の意見を伝える。

そのたびに日本人の同僚たちは、

「おいおい、そこまで言うのか……」

と、横でヒヤヒヤしていたと思います(笑)。

でも面白いことに、外国人の上司からは、むしろ分かりやすかったようです。

僕は、

賛成なら賛成と言う。

違うと思えば違うと言う。

なぜそう思うのかを説明する。

そして、自分が言ったことは行動でも示す。

だから意見が違うことはあっても、

「こいつが何を考えているのかは分かる」

と思ってもらえていたのかもしれません。

結果的に、外国人の上司からは結構かわいがってもらいました。



「たたかう」は、悪いコマンドじゃない

だから僕は、

「戦うのはよくない」

と言いたいわけではありません。

戦わなければいけない場面もあります。

守りたいものがあるとき。

どうしても譲れないものがあるとき。

誰かのために声を上げなければならないとき。

そんなときには、剣を抜く勇気も必要です。

僕自身、「たたかう」を選んできたからこそ得られた経験もたくさんあります。

それも全部、僕の経験値です。

ただ――

人生というゲームを長くプレイしていると、少しずつ気づくことがあります。

すべての敵と戦う必要はない。

ということです。

剣を持っていることと、剣を抜くことは違う

強い勇者は、強い剣を持っています。

でも、強い剣を持っているからといって、

道ですれ違った相手すべてに剣を抜く必要はありません。

意見が違う人。

自分のことを理解してくれない人。

自分とは違う価値観で生きている人。

昔の僕なら、

「いや、それは違う」

と戦闘モードに入っていた場面でも、

今なら、

「そういう考え方もあるんだね」

で終わらせてもいい。

自分の意見は伝える。

でも、相手を変える必要まではない。

これは、

「言いたいことを言わなくなる」

のとは違います。

剣を捨てたわけでもありません。

剣を抜くかどうかを、自分で選べるようになった。

ということです。



人生の目的は、「勝つこと」だったっけ?

会社員時代の僕は、いろいろなものと戦ってきました。

仕事の問題。

難しいプロジェクト。

組織の中の理不尽。

ときには上司とも意見をぶつけました。

そして勝てば、次の敵が現れる。

その敵を倒せば、また次の敵が現れる。

RPGなら、それも楽しい。

でも現実の人生でずっとそれをやっていると、

あるとき思います。

このゲーム、いつまで戦えばクリアなんだろう?

もっと上へ。

もっと成果を。

もっと評価を。

もっと勝たなければ。

それを繰り返した先に、本当に自分が欲しかったものがあるのでしょうか。

僕自身、会社員を辞めて組織の外へ出てから、以前とはまったく違う世界を歩くようになりました。

そこで少しずつ、

「もう、全部と戦わなくてもいいんじゃないか」

と思うようになりました。

そして最近、自分の中で「たたかう」という言葉を、別の言葉に置き換えるようになりました。

それが、

「たのしむ」

です。

NEW COMMAND!

もし人生というRPGのコマンド画面に、一つだけ新しいコマンドを追加できるとしたら。

僕は今なら、これを入れたい。

** たたかう**
** じゅもん**
** どうぐ**
** ぼうぎょ**
** にげる**
▶ たのしむ ← NEW!



「たのしむ」だって、経験値になる

「楽しむ」というと、

遊んでいるだけ。

役に立たない。

何も生み出していない。

そんなふうに感じる人もいるかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか。

知らない町へ行ってみる。

面白そうだから新しいことをやってみる。

今まで会ったことのない人と話してみる。

興味のあることを勉強してみる。

寄り道する。

遊ぶ。

旅をする。

その瞬間には、

「これが何の役に立つんだろう?」

と思うかもしれません。

でも人生では、不思議なことが起きます。

何年も前の経験が、ある日突然、別の経験とつながる。

そのときには意味が分からなかった「点」が、

後になって「線」になる。

そういうことがあります。

だから人生というRPGでは、

「役に立つこと」だけが経験値になるわけではない。

僕はそう思っています。

寄り道した経験。

遊んだ経験。

失敗した経験。

面白そうだからやってみた経験。

全部、

EXP +1

なのかもしれません。

「楽しそうだから」で選んだ道

前の記事で、僕が沖縄オフィスの立ち上げに参加した話を書きました。

声をかけられたとき、僕はほとんど迷わず、

「楽しそう。行きます」

と答えました。

当時は周囲から、

「出世街道から外れた」

と思われた道です。

でも、その道を実際に歩いたことで、新しい経験をたくさん得ることになりました。

今振り返ると、あのときの僕は知らないうちに、

「たのしむ」

というコマンドを選んでいたのかもしれません。

「これをやったら得なのか?」

ではなく、

「なんか面白そう。」

そこから始まる冒険があってもいい。

勇者は、魔王を倒すためだけに旅をしているんだろうか

RPGの物語では、

魔王を倒す。

世界を救う。

伝説の武器を手に入れる。

そんな大きな目的があります。

でもゲームをプレイしていて、あとで思い出すのは何でしょう。

途中で立ち寄った町。

偶然見つけた洞窟。

仲間との会話。

なかなか倒せなかった敵。

寄り道して見つけた宝箱。

ゲームの本筋とは関係ないミニゲーム。

そんなものだったりします。

人生も似ているのかもしれません。

何か大きな目標を達成することだけが、人生ではない。

その途中の冒険そのものを楽しむ。

それだって、人生というRPGの大切な遊び方です。



最強の勇者にならなくてもいい

勇者養成講座という名前をつけていますが、

僕が作りたいのは、

すべての敵を倒せる最強の勇者

ではないのかもしれません。

戦うときには戦える。

逃げたいときには逃げられる。

疲れたら宿屋へ戻れる。

困ったら仲間を頼れる。

行きたい場所が変わったら、ルートを変えられる。

そして、

楽しみたいときには、思いきり楽しめる。

そんなふうに、

自分の人生で、自分でコマンドを選べる人。

それが、タイガーの酒場でいう「勇者」なのかもしれません。

人生というRPGには、誰かが決めた一つの攻略法があるわけではありません。

だから、

いつも戦わなくていい。

いつも頑張らなくていい。

いつも正解を選ばなくてもいい。

ときには、

「楽しそうだから、こっち!」

でもいい。

タイガーの酒場で、剣を置いて一杯どうですか?

もし今、

ずっと何かと戦っている気がする。

頑張り続けることに少し疲れた。

次に何を目指せばいいのか分からない。

そんな状態なら、一度コマンド画面を開いてみませんか?

そこには、

「たたかう」

以外の選択肢もあります。

そしてタイガーの酒場では、もう一つ。

「たのしむ」

というコマンドも用意しておきます。

ハッピーアワーでは、

勝つための作戦会議をする必要はありません。

剣を置いて、

今までどんな冒険をしてきたのか。

これからどんな場所へ行ってみたいのか。

何をしたら、ちょっと楽しそうなのか。

そんな話をしてみましょう。

人生はまだ続きます。

だったら次のクエストくらい、

「楽しそう」で選んでもいい。

剣を置いて、まずは一杯。

タイガーの酒場で、お待ちしています。

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